JA三井リース株式会社 サービス産業本部 メディカルヘルスケア部
池田武彦ビジネスリーダー
4.お金の計算できますか?
経営がおかしくなっても自ら立て直せない先生の他の特徴として、細部についてはこだわるのですが、大きなことは気にしないということもあります。10円の帳尻合わせにはこだわるのですが、1,000円勘定が合わなくても気にしないというタイプです。「検査の委託料はいくらですか?」と聞くと、「○○円だよ。安いだろ」と答えられるのですが、「毎月の経費はどれくらいですか?」と聞くと、「200~300万円くらいかな」としか答えられず、100万円の差がどのように生じているのかということは考慮されないわけです。
開業しクリニックを経営していく中で、計数感覚を持っているということがとても重要です。 「今日は患者さん何人きましたか、初診率はどのくらいですか、曜日によってどのくらい違いますか?」と質問しても、そういった感覚がない先生は答えられません。患者数に比べて売上が低過ぎる場合は、単価が安過ぎるか請求漏れしている可能性があります。しかし院長先生にそう話しても「わからない」という答えしか返ってきません。そうした場合には、まず毎日の患者数の記録を記入してもらうところから始めなければなりません。
売掛金は国に対する売掛ですから回収できないことは考えられませんが、どれくらいあるかは把握しておく必要はありますし、納税資金を含めた資金繰りも考えなければなりません。損益分岐点の理解も大切です。
「そういうことは会計事務所に頼めばいいんじゃないか」と思われるかもしれませんが、そもそも会計業務は日々の運営に対して後から行うものですから、結果が出るまでにタイムラグがあります。会計事務所からの報告書を待っていたのでは、環境の変化への対応が遅れてしまいます。ですからまずは現場にいらっしゃる先生自身が運営状況を把握、理解することが重要なのです。
会計事務所は経理分析のレポートも出しますが、先生が会計の基礎をご理解されていることを前提として対応してしまうケースもあり、レポートを理解できていない先生もいらっしゃいます。レポートを理解できていない先生に限って「会計事務所に任せているから大丈夫と」おっしゃるのです。
5.最適な答えは知るのではなく探し出す
コンセプトを作る努力を自分でしないばかりか、考え方の前提として「自分がどうすればうまくいくかという最適な方法を人から教えてもらえるはずだ」と思い込んでいらっしゃる先生もいらっしゃいますが、これは根本的に間違っています。
必ず成功する物件が存在しないように、「誰でもうまくいく最適な方法」という答えがあるはずはないんです。しかし答えに近い答えは何通りもあります。そして、その中で自分に合った答えは人に決めてもらうべきものではありません。
そこで私たちは、公知の情報をもとに、何が先生に一番合っているのかディスカッションしながら、ロジックをきちんと作っていく作業をしています。
最初に私たちが確認しておくべきことは、「先生にとって、開業の成功とはいったい何なのか。お金を稼ぐことか、自分の時間を持てるようにすることか、自分のクリニックを持ちたいということなのか」です。
ご希望はさまざまです。国立大学の医学部教授という人もうらやむ地位にあっても「事務作業が多過ぎて現場から離れていることに耐えられない。だから開業を考えたい」なんて方もいらっしゃいます。 ところがそういう役職者の先生ですと相談相手がいませんから、私たちが話の聞き役となることが開業に向けた最初のステップとなります。
開業準備を具体的に進めていくにも先ほどお話した通り、私たちは「先生のサポートはしますが、コンサルではないのですべての答えを出すということはしません。答えは先生ご自身が見つけてください」というスタンスです。
開業までに必要な仕事は様々ですが、信頼できるパートナー企業が30社程度ありますから、具体的にはそちらを紹介することもできます。MRTさんもその一社です。選択肢を複数にすれば、選定するときに先生もいろいろと話を聞いて勉強できますから、失敗の確率を減らせます。
仕事の内容が理解できていないと、業者さん等から提示される値段のみが判断材料となってしまいますが、値段だけで判断してしまい大きなミスがおきることもあります。例えば内装についてですが、都心のクリニックなら坪数は30~50坪が標準でしょう。そこにもし300万円の水周り工事が必要ならば、坪単価は10万円近くも上がることになります。 業者さんがクリニックの内装工事に不慣れで水回り工事を見込んでいなければ、見積は安く見えますが後で追加工事が必要となってしまうかもしれません。
「大手は高い」と思い込んでいる先生もいますが、大手のほうが設備を安く仕入れられる分、いまは手間賃が安いので、大手のほうが安いこともあるんです。
またレイアウトのチェックは、私たちからも経験に基づくアドバイスができますが、私たちは他の設計業者に見てもらって第三者的に妥当なものなのかチェックしてもらって、その結果について先生にご説明した上で、先生ご自身に選択していただくようにしています。
先生にとって、開業の成功とは……
6.固い事業計画で資金調達のプランは柔軟に
全くお金をかけずに開業するのは不可能です。問題は、どのようなお金のかけ方が一番有効なのかということです。
投資額が少なければ調達するお金も少なくてすみます。だからといって「いくら調達できるか」から考え方をスタートすると、計画自体が小さなものになってしまいます。私の場合は「まず開業してやりたい理想形をすべて出してください」と申し上げています。そうすると「海が見える場所で、一戸建てで開業したい」といったご希望が出てきます。
そこから資金的なことを考え、「本当にクリニックから海が見える必要があるのか?」と深く考えていくと、できあがった計画は当初のものとは全く違うものになっています。ただ最初からあきらめるわけではなく、事業を成功させるためのいろいろな制約に従い、納得しながら変形させていくわけです。
ディスカッションの中でクリニックの特徴を持たせるためにどうしても必要な投資があるというのであれば、返済期間を長くできないか検討することを提案します。長期間の資金調達があれば、月々の返済金額はとても楽になります。
なぜそんな思い込みをするかというと、先生方は「わからないこと」がわからない状況に陥ってしまうケースがあるからです。しかし一度聞いて「なるほど」と納得すれば、みなさん頭がいいですから、あとはご自身でどんどん計算されていかれます。だから現実的に最適な資金調達方法に辿り着くのは難しいことではありません。
融資とリースの違いについて簡単に言うと、基本的にある期間で更新する機器についてはリースの方が有利です。半永久的に使うものに関してはリースよりも銀行融資や分割払いで購入すればよいと思います。
変動金利と固定金利のどちらがよいかについては、開業して何年かたって後から振り返らないと判断できません。ですからいくつかの資金調達方法をミックスして、リスクを分散すべきでしょう。
それともうひとつ盲点なのは、「投資」として人件費を考えるという視点です。
3,000万円の医療機器であれば、だれもが2,900万円に値切ろうとします。しかしスタッフの人件費を年間1,200万円払っているのを1,180万円にしようとするドクターはあまりいらっしゃいません。人件費を下げることにより5年間で100万円となるだけではなく、将来にわたって利益が増え続けることになります。
その割には給料や人材に対するみなさんの関心は低いと思います。「ランニングコストに対する意識が低い」と言い換えることもできるでしょう。
資金調達の前には会計事務所も決めていただいて、そこに第三者として調達方法を評価していただくようにしています。
会計事務所を選ぶなら、自分が思ったことを何でも聞ける税理士さんを選ぶとよいでしょう。私たちが紹介する場合は、大手事務所、中規模事務所、小規模な会計事務所の3つをご紹介することにしています。それぞれ特徴がありますので、ひとつだけではなく複数のお話を聞いて比較しながら判断すべきだと思います。
7.本当に開業したいのか
開業では、流されないことが大切です。今はかなり雰囲気に流されて開業を検討している先生が多いと思います。
開業のきっかけは、様々な事情があると思うのですが、なぜ自分は開業をしたいと思うのかについて、キーワードを並べてみるところから始めてみましょう。
奥さんは賛成しているかなどの条件を整理して、どんどん話を積み重ねて、必要なものはプラスし無駄なものは削ぎ落としていけば、芯のしっかりしたコンセプトを作ることができます。
一度きちんと自分の考えをまとめれば、結果的に「開業しない」という結論に至ったとしても、その後も自分を見失うことはありません。逆にそこをきちんと整理せず無理に開業してしまった場合には、やっていることがコンセプトと全く外れてしまったとしても、自分自身が変わってしまったことに気がつけません。
ですから開業するときには、自分自身をもう一度見つめ直して、「これから何を求めていくのか」について考えをまとめ、プライオリティーをはっきりさせることです。「まだまだ勉強し続けたい」という人や「従業員さんとまとめていくのが苦手でしかたがない」という人は、いますぐに開業する必要はないんです。
最後に 開業成功のカギは、すべてドクターの中にある!
開業して一年ほど経ってから伺って、クリニックが繁盛しているのを見たら、「ああ、開業されてほんとうによかったな」と実感します。
最初は資金的にとても無理な夢を語っておられた先生がいらっしゃいました。議論の末、私の意見を汲んでいただいて「ステップ・バイ・ステップ」で行こう」とご納得いただき、先生が望んだ場所から車で1時間も離れたところで開業していただくことになりました。そしてその6年後に移転して、今度は自分が最初から理想としていたクリニックを見事に実現し、その県でも一番流行っている先生のご成功を見たときには、涙が出るほどうれしかったです。
成功するかどうかは、開業前にどれだけ実のあるディスカッションができるかにかかっています。開業成功のカギは、すべて先生がお持ちなのです。